都市における最初の打ちこわしは、元禄16年(1703年)に長崎で発生し、享保18年(1733年)には江戸でも初めて発生した。 それ以後も飢饉や政情不安などによりしばしば発生し、特に物価が急に上がった幕末にかけて増加した。
打ちこわし いつ?
江戸時代、米の価格が高騰(こうとう)するなどの原因で生活が苦しくなると、都市の民衆が大商人や米屋などを襲う「打ちこわし」が起きました。 これは、1866年に、江戸で起こった打ちこわしの様子を描いたものです。 開国の影響や幕末の動乱で米が値上がりしたため、民衆が米商人を襲っています。
百姓一揆と打ちこわし いつ?
村々の荒廃と食糧の不足から数多くの百姓一揆が発生し、江戸・大坂などの都市では貧しい住民を中心とした激しい打ちこわしがおこった。 1866(慶応2)年の打ちこわしの様子。 米の価格の上昇により困窮した都市民は、米の安売りを要求して、米屋や豪商を襲い、家屋や家財を破壊した。 江戸時代には、繰り返し凶作・飢饉がおこった。
天保の飢饉 誰の時?
天保(てんぽう)の飢饉(ききん) 将軍・家斉(いえなり)のとき。 全国的なききん。 ききんで死者の大きい地域は東北や北陸だけでなく、関東や、大阪などの西日本をふくむ。 大阪は、この時代の商業の中心地である。
百姓一揆はいつ?
青木虹二(こうじ)著『百姓一揆総合年表』によれば、1590年(天正18)から1877年(明治10)の間に3700余件発生したとされる。
