3.おわりに 明治2(1869)年に約6万人に過ぎなかった北海道の人口は、開拓使、三県時代を経て、北海道庁が設置された明治19(1886)年には約30万人になりました。 その後、急激に増加を続けて明治34(1901)年には100万人を超え、開道50年にあたる大正7(1918)には217万人を数えるまでになりました。
北海道の開拓 何年?
年号(西暦)事項明治 2年(1869)明治政府が開拓史を置き、蝦夷地を北海道と改める明治15年(1882)開拓史を廃止し、函館・札幌・根室三県を置く明治19年(1886)三県を廃止し、北海道庁を置く明治20年代(1887-1896)府県から北海道への移民が増えはじめ、この後開拓が急速に進む
北海道 開拓何した?
ほっかいどうかいたく【北海道開拓】 おもに明治維新前後から大正期にかけて人口が大量に北海道に流入し,北海道に農耕地を拡大するとともに,鉱・水・林産資源を開発した社会現象を指す。
1871年の北海道は?
樺太開拓使が置かれた明治3年(1870年)2月13日から明治4年(1871年)8月7日までは、北海道開拓使と称した。 開拓使設置前の北海道行政は箱館府(箱館県)が行なっていた。 開拓使の廃止後は札幌県、函館県、根室県が設立された。
開拓使 何年?
開拓使かいたくし 明治の初期,北海道の開拓経営のためにおかれた行政機関。 明治2 (1869) 年設置,1882年廃止。
